パチスロの初打ちの記憶って結構鮮明に覚えていたりしませんか?
おもちはかれこれ20年近くパチスロを打ってて昔の記憶は薄れているのですが初打ちは覚えています。
まだブログを始めてばかりでネタも思い浮かばないのでつまらないですが記事にしちゃおうかな、、
父に誘われ・・・
あれは高〇3年の夏休みでしたかね…
おもちの両親は毎日仕事が終わるとホールに通うほどのパチンコ好きでして、自然な成り行きで父に行ってみないかと誘われて地元のまぁまぁ広いホールに足を踏み入れました。
その時は父と2人で行き、父もパチスロを丁度数回打ち始めたころのドシロウト(両親はパチンコ専門でした)だったんですよね。
そのホール今はもう潰れましたが、後々おもちが養分時代に一番お布施したお店なので色んな意味で印象深いです(そのお話はまたいつかw)
おもち自体は小〇生の時によく両親にくっついてホールに行ってたので久しぶりに足を踏み入れたとはいえ特に抵抗はなかったんです。
今なら子供がホールに入るなんて絶対にありえませんが、おもちが小〇生の時は他にも子連れのパチ〇カス親がいっぱいで知らない子供達とホールで遊んでた記憶があります。
ほぼ全員がたばこを吸ってて副流煙が蔓延してるホールの中は環境が最悪だし、その中で当たり前のように子供がいるなんて今思うと正気じゃないですねw
人生初打ちの機種
小〇生以来、高〇生になって久しぶりに父とホールに足を踏み入れたおもち少年。
父が何度か打ったという機種を打つことになり、とある機種の島にたどり着きました。
その機種とは、、、
リズムボーイズ(大東音響)
今の世代の人達はなんやこのうさんくさい台はと思ったことでしょう・・
このダサいパネルを見て4号機世代の人は懐かしいと思うのではないでしょうか。
リズムボーイズはうさんくさい見た目通りの裏物で、ゲーム性は左下の告知ランプが点灯すると当たりのジャグラーのような告知機でした。
15台ほど設置してたと思うのですが誰1人打ってない貸し切り状態で父から打ってみろと1万円渡されてよくわからないままに回し始めたのです。
なんにも知らないのでパチスロってつまらないなぁ・・なんて思いながら5千円ほど投資すると左下の告知ランプが点灯したのです。
電球が切れかかってたのか薄暗いきったない告知ランプが光ったので、隣で打ってた父が呼び出しランプで店員を呼んで目押ししてもらうとREGが揃ったのです(当時は店員の目押しOKでした)
そう、おもちさんのパチスロ人生初ボーナスはリズムボーイズのREGなのでしたw
連ちゃんすると言われたので
父も裏物なんて言葉も知らなければ台の仕様も当然わかってないのですが、それ以前に一度だけ連ちゃんして良い思いをしたことがあるらしく
「このあと連ちゃんするぞ」だとか勝手に盛り上がってたのですが、結果はREGの単発のみで終わりあっさりコインは尽き父から渡された1万円を使い切り負けました。。
実質父の負債が増えただけ(父はノーボーナス)でパチスロの楽しさを知ることもできず終了しました、、
それから2度とリズムボーイズを打ったことはなく、有名な機種ですがおもちはいまだにこの機種のことをよくわかってませんw
リプ連バージョンだとか複数のタイプがあったようですが、おもちが打ったバージョンはなんだったのかわかりません。
暫くパチスロから離れた
よくビギナーズラックで初打ちは勝ったなんて声をよく耳にしますが、まったくそんなことはなかったですねー。。
それより父のお金とは言え、たった数十分で1万円が溶けたことにびびりましたね、、
今のパチスロと違って液晶もついてなければタイアップ機なんてものもない。
どれもこれもダサいパネルのうさんくさい台ばかり。
5号機や6号機のように好きなアニメやゲームの演出を楽しめるならすぐにハマったかもしれません。
それから高〇を卒業するまではパチスロを打つことはありませんでした。
正直言って初めてのパチスロはつまらないという印象だけが残った思い出でした。